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東京高等裁判所 昭和30年(ラ)782号 決定

抗告人 高野直治

訴訟代理人 中沢浦次 外一名

相手方 株式会社東映堂写真商会 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は、抗告の趣旨として、原決定を取り消し、相手方株式会社東映堂写真商会に対し別紙目録記載の居宅の収去命令を、相手方中西もと子に対し右居宅からの退去命令を発することを求め、その理由として、末尾添付の抗告の理由と題する書面記載のとおり主張した。

よつて、判断するに、抗告人は、抵当権実行による土地に対する競売開始決定は差押の効力を有するから、該決定登記の後にその土地に建物の築造がなされ、土地の原状が変更された場合には、執行裁判所は差押当時の原状に回復せしめるため建物の収去命令を発すべきであると主張するにあるものの如くである。思うに競売法による競売開始決定が登記された時は、差押の効力を生ずることは、抗告人所論のとおりであるけれども、差押の効力は、目的物につき競売債務者たる所有者が処分をするのを禁止するに止り、これらの者の目的物に対する占有を奪うものでないことは明らかである。競落人は、競落代金の全額を支払つたときに、はじめて執行裁判所に対し執行吏をして競売債務者(所有者)の不動産に対する占有をとき、これを競落人に引き渡すべき命令を発することを求め得るのであるが(競売法第三十二条第二項、民事訴訟法第六百八十七条参照)、前記のように差押の効力を生じた後に競売債務者又は第三者が差押不動産の現状に変更を加えた場合、これを差押の効力を生じた時の原状に回復せしめることを執行裁判所に求めることを得せしめた規定は存在せず、法の精神よりするも、かかることを認容し得ないものである。何となれば、執行裁判所が不動産につき競売開始決定をなすにあたつて、不動産の現状を調査することは法の要求しないところであるから、差押の効力を生じた時の不動産の現状は執行裁判所にとつて明らかではないのである。このことから考えても原状の回復を執行裁判所の権限に属せしめたという抗告人の主張は成法上全く根拠のないところである。

従つて本件の場合、抗告人が相手方らに対し本件土地上の建物の収去又は該建物からの退去を求めようとするならば、抗告人は相手方らに対しまず訴を提起して、本件建物の収去並びにこれよりの退去を請求しなければならないのである。このような訴を提起することなく、直ちに執行裁判所に対し建物収去並びに建物よりの退去を求める命令を発することは許されないところであり、原決定は正当である。

よつて、本件抗告を棄却すべく、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 大江保直 判事 草間英一 判事 猪俣幸一)

抗告の理由

一、抗告人の本件申立の要旨は原決定摘示のとおりであるからここにこれを援用する。

二、原裁判所は本件の賃借権設定登記が競売開始決定により差押の効力が発生した以後になされたものであり右賃借権は申立人に対抗することができないものであることを認めながら右賃借権に基いて賃借地上に建築せられた本件居宅の所有者たる相手方株式会社東映堂写真商会の土地に対する占有及相手方中西もと子の本件居宅に対する占有を前記差押の効果として排除し得ないとの見解をとつて抗告人の申立を棄却された。

三、併し乍ら抗告人は右の如き見解は到底承服できない。即ち競売開始決定に差押の効力を認める以上は差押の効力を無にする如き行為が単に無効であるというに止らず差押違反の行為に基く結果を原状に復することができるのでなければ差押は無意味となる。差押は差押時に於ける差押物件の状態を保存することに於て始めて其の効果があるのである。従つて競売の執行裁判所は差押物件に関し違反行為があつた場合は違反者である物件所有者に対しては勿論右違反行為に基く受益者に対しても差押物件の原状回復に必要なる処分をなし得るものと解しなければならない。更に詳言すれば差押は差押物件の所有者に対し物件の処分の禁止を命ずるに止らず何人と雖も差押物件に対し新たなる権利を取得し得ないことを宣言するものである。従つて何人と雖も差押物件につき新たに権利を取得したことを主張できないものである。而して有体動産に対する差押は執行吏之を保管して之を行い不動産に対する差押は登記簿に記入して之を行うのであつて差押の登記により差押物件は裁判所自らが之を保管するものと解するのを至当とする。執行吏は保管の権限に基いて妨害の排除をなし得ることは明らかであり又これなくしては保管の責を果し得ないものである。然らば不動産の差押に於いて裁判所がその保管者として差押物件の保管に関し必要な処分をなし得るものであることは議論の余地のないところである。更に又差押は換価処分の前提であり換価処分は物件の引渡を終局の手段とするものであるから不動産の競売に於ては執行裁判所は差押時の状態に於て物件を競落人に引渡すべき権限と義務を有するものと解さねばならない。之を要するに抗告人は相手方等が差押の効果として本件競売開始決定登記当時の現状不変更の不作為義務を負担すると主張するものでなく、相手方等は差押の物件につき新たな権利の取得ができないものであつて差押以後に生じた変更を原状に復すべき義務又は原状回復を容認すべき責任を負うものであることを主張するものである。而して其の原状の回復は不動産に対する執行裁判所である裁判所が執行裁判所としての権限に基いて命令によつて執行吏に之を執行せしめるものと解する。

四、不動産に対する差押を前述の如く解するに非ざれば民事訴訟法による強制競売並競売法に基く任意競売の円滑な遂行は期待できない。叙上の如く解するに於ては引渡命令収去命令の当事者である債務者は金銭債権の債務者又は物の所有者を意味するものでなく物件に対する差押の効力に基いて義務を負担し又は差押物件に関する処分による損害を容認すべき者を広く指称するものであることが明らかとなつてくる。思うに法律が不動産に関し登記簿の記入を以て足れりとし有体動産の場合の如く占有の移転を必要としなかつたのは不動産に関しては登記の公信力を基礎として権利の得喪変動を防ぎ之により強制執行手続が遂行し得らるるものと解する。之に反し動産に於ては占有を移転しなければ第三者に損害を与え又差押物件の権利の変動を防止することができないのである。換言すれば不動産の場合差押物件の権利の変動を容認したのではなく差押物件に付登記の公信力に基いて新たな権利の変動は之を認めず又権利変動による受益者は差押の効力を受くるものとしたものに外ならない。之を具体的に例示するならば甲の所有物件が差押られたとするその後乙が之を買受けても差押に基く処分行為は遂行される。又甲が自分で使用占有した物件を差押られ競売されたとする差押後右物件を乙に貸渡したとする。執行吏は之を乙から取上げて競落人に引渡すことができる。有体動産の場合は執行吏が之を乙からとりあげるのであるが不動産の場合は裁判所の命令によつて之をとりあげることになる。之を本件にあてはめると申立人が相手方等に本件居宅の収去居宅よりの退去を求めるのは前例の乙から競売物件の取上並引渡を求めるものに外ならない。

五、右の如き次第であるから抗告人の本件申立を却下した裁判所の見解は差押の本質を明かにしない不当な見解と信ずる。よつて前記決定を取消し抗告の趣旨に添う決定をせられたく抗告に及ぶ次第である。

(別紙目録は省略する。)

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